今日は、老人用のフィットネスクラブの見学をさせてもらったあと、特養(老人ホーム)の見学をさせてもらって、昔を思い出してちょっと感傷的になってしまいました。
特養というのは、いわゆる普通の老人ホームで、一度入所すれば死ぬまでそこに住めるような施設です。もちろん希望があれば退所して自宅に戻ることも可能です。
そういったところで7年間ほど働いていました。
施設で働くのはすごく大変だったけれど、とても楽しかったです。
看護師や理学療法士の職員といろんな話をしたり、老人の生立ちを聞いたりするのはもちろんのこと、どうしたら老人が生活しやすいか考えるのもすごく楽しかったです。
福祉の仕事はボランティア精神というか「無償の愛」を体現するための仕事、と捉えている人が多く、自分もそういった考えで働いていたので、なんというか、すごく無責任に仕事ができたのが楽しかったと思えた理由なのだと思いました。
物が食べられない老人がアイスを食べて「久しぶりに食べた。おいしいおいしい」と言ったのを職員全員で涙を流して喜んだり、こっそりお酒を飲んだり、夜中に幽霊のように徘徊してる老人と一緒に添い寝したり、寝そべってしかお風呂に入れない老人をどうやって浴槽に入れるか考えたり、そういうことを考えて、実行して、反応がダイレクトに伝わってくることがこの仕事の醍醐味であり、面白さだったと思います。
仕事をする以上は、収支をプラスにしなければならない、と思うようになったのは今の仕事に就いてからなので、今の仕事は前の仕事よりもより商業的な考え方で動いているなと思っています。できているかはわかりませんが。
今の仕事が楽しいかと言われれば楽しいです。施設よりもゆっくりと時間が使えるし、自宅での老人の生活を間近で見られるというのは今後の仕事にもプラスになると思います。
(外孫なので老人の生活っていまいちつかめなかったんですよね)
前の職場にいたHさんが「自分のおばあちゃんはプリンとあんぱんだけしか食べなくなったけど、それでも半年生きた」「施設の食事は多すぎる。もうちょっと少なくていい」といったことを言っていたのですが、当時はピンとこなかったんですよね。学校では「食事はしっかり摂ってもらうこと」が前提で、食事を全部食べてもらうために職員がどう動くか、といったことを考えるようにという教育を受けていたので、頭の固い私はその考えに納得がいきませんでした。
しかし、今ならわかる。確かに施設の食事の量は多いわ・・・。
弱虫ペダルの御堂筋くん
福祉の仕事に就いてまだ11年くらいしかやっていなくて、正直もう福祉はいいかな・・・って思うこともあるんですが、一応一生福祉の仕事はしていくつもりでいます。
そんな私は今「老人というか他人の生活を支えるっていうのは、現状できないことをサポートするということに努めて、それによって老人がどう変わるのかは老人が決めるんだよなぁ」となんてことはないことを考えながら仕事をしています。
「私たちがこんなに考えて行動してるんだから、老人も何か変わりなさいよ」という意識に変わってしまったら福祉の仕事はしないようにしようと思っています。
考えることは仕事で、現状をみてなにをサポートしたら老人の生活が良くなるかを考えるのも仕事で、本来はそれを提案したり、アドバイスするのも仕事なんですが、今の自分だとどうしても押し付けがましくなってしまいます。よく母が「もう寝なさいよ!!」と言っていたのですがその時に「今寝ようと思ってたのに!母が言ったことによって寝る気持ちが失われたよ!」と思っていたのですが、老人に対する言動がそうなってしまったら関係性が壊れてしまうなと思うのです。
良好な関係を維持したまま促せたりできればいいのになぁと思います。
御堂筋くんの奮起
■ワダ氏とY女史と立川で飲む
就職したら家を出たいという一心で、東大和という東京都でもマイナーな場所に就職をして、立川に住んでみました。上京した時点で友人はゼロで、初任給でPS2を買い、生活費がなくなるという失態を犯したりして生活していました。
就職してしばらくはゲームをしたり、立川を徘徊したり、職場の同期と遊んだりしていましたが、Y女史が西東京に上京し、私がたまたま立川周辺に上京したことを思い出してくれ、Y女史と立川で飲むことが増えました。これは個人的に自分の常識が覆った出来事なので、ずっと忘れないと思います。
なんやかんやあって、ワダ氏とY女史と3人で飲んで、仕事についていろいろ話したりできたのは今もいい思い出だったなぁと思い出しました。
特養の見学をさせてもらって、上京してからのことをちょっと思い出して、昔は読書以外は興味がなかったのに、今はアニメ見たり聖地に行ったり、好きなことが増えたなぁと思ったのでした。
直江兼続
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